akiko 『LITTLE MISS JAZZ & JIVE GOES AROUND THE WORLD!』
ニューヨークの街角へと連れ出してくれる
陽気で華麗なジャイヴのリズム
陽気で華麗なジャイヴのリズム
音楽にはそれぞれ、聴くのにもっとも相応しい時間帯というものがあると思う。たとえば平日の朝にこってりしたブルースは聴きたくない。これから仕事、という時間には美しいクラシックや優しいカントリーミュージックをかけて、憂鬱な気分を少しでも解きほぐしたい。こってりブルースはむしろ夜寝る前に、週末は昼からロックをかけてハイになる、といった具合に、生活のリズムや心理に合わせてフィットする音楽は変わるものだ。
ジャズ、はどうだろう。一口にジャズといっても硬から軟まで幅広いが、たとえば朝に牛乳とトーストを食べながらマイルス・デイビスを聴く、というのはちょっと想像しづらい。
ジャズはやはりお酒とともに楽しむもの。夜の音楽という気がする。くたびれた肉体と神経をまとった夜の感性に、スッと染み渡る音楽として、ジャズ以上のものはないのではないか。
と、言いつつ、今回紹介する『LITTLE MISS JAZZ & JIVE GOES AROUND THE WORLD!』は、昼間どころか朝起きてすぐにだって聴けるジャズアルバム。オールラウンドプレイヤー的1枚なので是非おすすめしたい。日本人ジャズボーカリストakikoが2005年にリリースしたアルバムだ。
この人、デビュー以来ずっと英語詞の歌を歌っていて、その発音があまりに上手いので、きっと英語圏の国で生まれて本場のジャズの中で育ってきた、日本人の顔をした外人なのだろうと思っていたけれど、実は埼玉県出身。なんだか親近感。
しかし彼女の経歴と実力は折り紙つき。所属するヴァーヴ・レコードは、チャーリー・パーカーやビル・エヴァンス、デューク・エリントンなども在籍していた、米国の老舗ジャズレーベル。日本人アーティストでヴァーヴに所属したのは彼女が初めてである。
2001年、そのヴァーヴからリリースした『Girl Talk』でデビューしたakikoは、その年のジャズ部門の新人賞を総ナメにする。当時弱冠25歳。だがすでに歌声は垢抜けていて、大物感が漂っていた。
デビューアルバムはオーソドックスなソフトジャズだったが、2枚目以降はフュージョンやビバップ、さらにはハウスなどを取り入れて、アルバムごとに異なる音楽を追求してきた。ちなみにこの『LITTLE MISS JAZZ & JIVE GOES AROUND THE WORLD!』の次に出したアルバムでは、なんとサンバやボサノヴァにまで手を出している。なのでジャズボーカルというよりも、ジャズをベースとしたマルチ・ボーカリストといった方が適当かもしれない。
そのakikoがこのアルバムでチョイスしたのは、タイトルにもあるとおり、ジャイヴである。ジャイヴとは、いわゆるスウィング・ジャズのこと。大人数編成のバンドによって演奏されるジャズのひとつで、座って聴き入るようなソフトなジャズと違って、踊って楽しむダンスミュージック的性格が強い。映画『スィングガールズ』で主人公たちが演奏していたヤツ、といえばわかりやすいだろうか。有名な<A列車で行こう>なんかはジャイヴの代表曲だ。パワフルなリズムとノリの良さが、どんな時に聴いても気持ちを陽気にしてくれる。
ジャイヴはとにかく華やか。このアルバムでakikoは、【Little Miss Jazz & Jive】という一人の貴婦人に扮している。彼女の住む世界は20世紀前半あたり、夜のニューヨーク、ガス燈が灯り多くの人で賑わうメインストリート、といったところだろうか。【Little Miss Jazz & Jive】が聴く者をレトロで華やかな風景へと誘う、そんな演劇的な部分もジャイヴという音楽にはぴったりだ。こういった遊戯的な世界観は、プロデューサー小西康陽(ピチカート・ファイヴ)の面目躍如である。
実は、このアルバムを聴いて、ジャズをテーマにした芝居を作ろうと考えたことがある。4年近く放置したままだったそのアイディアを引っ張り出して、ジャズをロックに変えて作り直そうとしているのが、theatre project BRIDGEの次回公演『七人のロッカー』なのである。