多様なジャンルを消化吸収する
ハイブリッド・サウンド

 日本人アーティスト369(ミロク)の初のフルアルバム『369.2』がリリースされた。デビュー作となったミニアルバム『369.1』がリリースされたのは2007年5月のことなので、およそ2年ぶり。ようやく、といった感じがある。

 この人、ジャンル分けがとても難しい。ラップあり歌あり。エッジの効いたテクノ・ビートあり、アコースティックなバラードあり。ゆったりしたレゲエもあれば、歌謡曲的なポップソングもある。なんでもありなのだ。

 『369.2』のジャケットに印字された単語をそのまま転記すると、ヒップホップ、エレクトロ、ロック、ハウス、レゲエ、テクノ、フォーク、となる。「どんだけだよ!」という感じだが、事実だから仕方ない。曲によって配分の違いはあるけれど、アルバムをトータルで聴くと、確かにこれだけの要素が詰め込まれている。

 だが、食材と調味料を手当たり次第に煮込んだような濃厚さはない。むしろあっさりしていて、口当たりは端整。いいとこどり、と言えばいいのだろう。適材適所にそれぞれを配置したパズルのような音楽だ。各ジャンルのコアなファンから見れば軟弱に映るかもしれないが、逆にさまざまな音楽への出発点となるような、きっかけに満ちたアーティストだと思う。


 369は、自身が最初に感銘を受けたアーティストにビースティ・ボーイズとスチャダラパーを挙げており、またクラブイベントなどのMCを中心にキャリアを積んでいることから、ヒップホップが彼の音楽性のベースとなっていることがわかる。

 では彼が「ラッパー」かと言うと、どうも違う。他の日本人ヒップホップMCと異なり、彼のラップは日本語の発音がやたらと明瞭なのだ。言葉そのものの意味や響きを優先しているかのようにハッキリしゃべる。しゃべるというよりも、歌う。ヘンな言い方だが、369のラップは歌に近い。

 ラップは本来、声音を変えたり子音をわざと溶かしたり、ブラックな節回しをしたりする、いわゆる“ヒップホップ的”なグルーヴと切り離せないものだが、369の場合、前述のようにテクノやらフォークやらロックやら、他の要素を取り込んでいるため、ラップがヒップホップの呪縛に捕らわれていないのだ。

 結果どうなるかと言うと、ラップはメロディアスになって、歌に近くなる。だから、例えばAメロ(メロディ)→Bメロ(ラップ)→サビ(メロディ)という曲展開でも、メロディとラップの間に境界線がなくなり、統一感のある聞きやすいグルーヴを生み出すのだ。
 
 と、ラップのことばかり書いたけれど、369の楽曲のメインは歌。ビースティ・ボーイズの影響なのか、面白いのは随所にロックの素養が見られるところだ。メロディが骨太で力強く、ボーカルは洗練されていて媚びがない。ラップと歌を混ぜ合わせるアーティストは最近では珍しくないが、彼らがこぞって甘いポップスに流れていくなかで、369はすがすがしいほどのロックスピリットを放っている。

 もしかしたら、そもそも彼はラップ、歌と認識を分けていないのかもしれない。歌だろうがラップだろうが、あらゆるジャンルのサウンドを独自のフィルターにかけてモノにしていく369のハイブリッドな音楽性は、その裾野にまださらなる伸びしろを残している。
 

369が矢井田瞳やケツメイシのRYOとコラボした<キャンプファイヤ>のPV。映像が甘すぎるのが難だが、聴き心地のよい曲。

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