いつか見た風景を映す鏡
そんな歌声がここにある

 昨年解散してしまったSUPER BUTTER DOGのボーカル、永積タカシのソロ・プロジェクト、それがハナレグミである。この『hana-uta』は2005年にリリースされたベスト盤。

 ファンク、ソウル、ブルース、レゲエからジャズやカントリーまで、サウンドは一曲一曲がバラバラでカラフル。だが、全体がアコースティックなトーンに統一されていて、どれもが静かで優しいバラードになっている。ブラック・ミュージックに根差している点はSUPER BUTTER DOGと変わらないが、グルーヴ重視ではなく、あくまで“歌”としての志向性がある。ボーカルがフィーチャーされているところはバンドと好対照で、いかにもソロ・ワークといった感じがする。

 あえて言えば、歌詞やメロディには取り立てて特別なものは感じられない。頭のなかでループするような中毒性のあるフレーズがあるわけでもないし、歌詞だって平凡と言えば平凡だ。それなのに聴き入ってしまうのは、彼の歌声のせいだろう。

 この人は本当に声がいいなあと思う。ハスキーでソウルフル。なのに黒人のゴージャスなソウル声のような“くどさ”はない。むしろ人間臭いと言うか、鼻に抜けるような独特の甘ったるさには、温もりとほろ苦い哀愁とが同居している。歌詞よりもメロディよりも、ハナレグミは声そのものが雄弁だ。

 なんと言えばいいのだろう、聴いていると外界がシャットアウトされて、引き出しの奥にしまっていた昔の手紙が何かの拍子で出てきたように、何年も前の思い出だとか、かつて感じたことのある気持ちだとか、心の奥底で埃をかぶっていたいろんなものが、一つひとつゆっくりと泡立ってくるようだ。

 ハナレグミ名義での最初のシングルであり、このアルバムでも1曲目に収録されている<家族の風景>。この曲を初めて聴いたとき、僕の瞼の裏には、何年も前に見たある夕景が像を結んだ。

 本当に個人的な情景なのだけれど、それはtheatre project BRIDGEがまだ湘南で活動をしていた頃によく使っていた稽古場の、2階の窓から見た景色だった。田舎なので周囲には高い建物がなく、ごく普通の家並みの上に空だけが広がっていた。季節は秋で、時間は多分午後3時とか、そのくらいだったと思う。空がオレンジ色に染まりきる手前の時間帯、傾き始めた陽がたくさんの砂金の粒を空中に撒き散らしたような、そんな空が広がっていた。

 きっと何かの拍子に僕の頭のフィルムに強く焼き付けられた景色なのだろう。季節、場所、時間帯、さらに言えば部屋の中の温度や窓ガラスの曇り具合まで、すべてがつい昨日の出来事のように鮮やかに蘇る。曲を聴きながら僕は、切ないような温かいような、なんとも言えない気持ちを味わった。

 ハナレグミの声は、そんな風に自分の内なる世界を覗かせる、鏡のような吸引力を持っている。その鏡に次は何が映るのかが知りたくて、何度も何度も聴いてしまうのだ。

 今月24日には4年半ぶりとなるニュー・アルバム『あいのわ』がリリースされる。


<家族の風景>はこんな曲

もうひとつ。ハナレグミと忌野清志郎による<サヨナラCOLOR>。SUPER BUTTER DOGの曲なので、このアルバムには収録されていないのだけど、あまりに素敵な顔合わせ、あまりに素敵な演奏だったので、ぜひ聴いてみてください

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