映画 『ハゲタカ』
アンチ・ヒーローの仮面をかぶった
真のヒーローの誕生
真のヒーローの誕生
2007年2月にNHKで放映され、国内外で高い評価を獲得したドラマ『ハゲタカ』。その続編にあたる劇場版が現在公開中である。
ドラマ版も劇場版も本当に素晴らしい作品。役者、脚本、音楽、とにかく何もかも全てが良い。おすすめです。
この作品、タイトルだけ見るとハードなアクションもののようにも思えるが、全く違う。タイトルの由来は、ちょっと前に流行った「ハゲタカファンド」「ハゲタカ外資」の、あの“ハゲタカ”である。
ハゲタカファンドとは、業績が落ち込んだ企業に目をつけ、株式を大量に取得するなどの方法で経営権を奪取し事業を再興させ、企業価値が再び上がったタイミングを見計らって保有している株、あるいは企業そのものを売却し利益を得る、いわゆるバイアウト・ファンドのこと。だが、一部の企業経営者やマスコミには、彼らの行為がまるで相手の弱みにつけこんで食い物にしているように映ったことから、死肉をついばむハゲタカにイメージを重ね合わせ、誰からともなく「ハゲタカファンド」と呼ぶようになったのである。特にそのファンドが外資である場合、日本人の保守的性格を刺激し、ネガティブなイメージをさらに煽ることになった。
物語の主人公は、投資ファンドのファンド・マネージャー、鷲津政彦。あらゆる手法と大胆不敵な行動力で次々と企業買収を成功させる彼を、人は「ハゲタカ」と呼んで畏れる。鷲津と買収を仕掛けられた企業側との攻防が物語の軸だ。
劇中では“TOB”や“ホワイト・ナイト”といったM&Aにまつわる専門用語が頻繁に出てくる。企業名などは当然架空のものだが、明らかに「あの会社のことだな」とわかるような設定ばかり。非常にコンテンポラリーなテーマを持つ作品だ。
だからと言って、決してお堅い作品という訳ではない。確かにニュースがわかる程度の知識を持っていなければ理解しにくい部分はある。だが『ハゲタカ』は紛れもなくエンターテイメントだ。なぜなら、この作品が描こうとしているのは経済でも金融でもなく、人間だからである。
鷲津政彦はなぜ「ハゲタカ」になったのか。この作品は、なにより鷲津という一人の人間を掘り下げている。鷲津だけではない。とにかくキャラクター一人ひとりをとことん濃密に描いている。
この深い人間描写を可能にしているものは、“お金”の存在だ。ただの紙切れが、なぜ時に人を不幸にし、時に人を殺してしまうのか。お金という何の情緒もないものを媒介にすることで、愛や友情を正面切って描いた作品よりもむしろ深く、人間の生の姿が見えてくる。そして同時に、「お金では決して買えないもの」がぼんやりと浮かび上がってくるのだ。
企業買収をテーマに据えた社会性と時代性、しかし最終的には人間の持つ普遍性を深く追求する骨太で繊細な志、しかもそれらをあくまでサスペンス・ドラマにしてくるんでしまう構成力。どれをとっても『ハゲタカ』は真のエンターテイメントと呼ぶに相応しい作品である。
主人公鷲津は常に寡黙だ。そしてクールであり、感情を表に出すことがない。能面のままに何百億もの金を右へ左へと動かす彼の姿は、まさに「ハゲタカ」という呼び名そのものであり、金の亡者のように見える。だが本当は・・・なのである。全てがつながった瞬間に、このアンチ・ヒーローが、まったく新しいタイプのヒーローに見えてくる。