『昭和歌謡大全集』 村上龍 (集英社文庫)

 先月読んだ『半島を出よ』の最重要人物の一人イシハラと、冒頭に登場するいわくありげなホームレス、ノブエ。この二人が元々は『昭和歌謡大全集』の登場人物たちであることを、僕は『半島を出よ』のあとがきを読むまで知らなかった。
 他人と関わりあうことを知らずに生きてきたイシハラやノブエら青年グループは、夜な夜なアパートに集まってカラオケ大会を開いていた。ある日、グループの一人スギオカが白昼の路上で中年女性をナイフで刺して殺してしまう。すると、その女性の仇を取るために、彼女の仲良し女性グループがスギオカを殺す。そこから始まる、殺しては殺し返すという両グループの復讐劇が本書のストーリー。
 復讐を重ねるごとに使用する武器や殺害方法がエスカレートしていくのがすさまじい。最初はナイフだったのが、トカレフ、ロケットランチャー、果ては燃料気化爆弾までが用いられる。
 不毛な復讐劇に生きがいを見出していく登場人物たちの姿は滑稽だが、しかし戦う相手も目指すべき目標もない、鈍く退屈したこの国の社会を顧みれば決して笑えない。読んでいると、なぜだか無性に腹が立ってきて仕方なくなる。でも、何に対して腹を立てているのか自分でもよくわからない。湿気った火薬に火を点けてしまうような、そんな小説。


『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』 椎名誠 (角川文庫)
 
 椎名誠の古くからの友人であり、彼が編集長を務めている『本の雑誌』の発行人、そしてかつて「本を読む時間がなくなるから」という理由だけで会社を辞めた経験を持つ正真正銘の活字中毒者、目黒考二。その目黒を味噌蔵に閉じ込めて強引に活字を読めなくしたらどうなるか、という残虐な設定で書かれたフィクション=ノンフィクションの小説がこの『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』である。これが椎名誠の処女小説らしい(とんでもない処女作だ)。
 本書には表題作とは別に、椎名誠が創刊間もない頃の『本の雑誌』紙上に執筆していたエッセイも掲載されている。内容は、世にある雑誌を片っ端からこきおろす、という過激なもの。今から30年も前のものなので、たとえば「文藝春秋が『Number』というスポーツ雑誌を作ったらしい」なんていう文章もあり(『Number』は現在すでに700号を超えている)、いまいちピンとこないものが多い。だが、まだ作家としてデビューする前の、今よりもさらに血の気の多かった椎名誠が垣間見れるという点で、ファンには必携本。僕はファンのくせに買ったまま本棚の奥に放置していたようです。


『脱サラ帰農者たち わが田園オデッセイ』 田澤拓也 (文春文庫)

 都会での生活を捨て、田舎に小さな農地を購入し“百姓”として暮らす中高年29人を追ったルポタージュ。定年後の第2の人生として、サラリーマン生活では味わえなかった“生きがい”を求めて、農業に身を投じた理由は人それぞれだが、共通しているのは「都会から離れたい」という意識である。読んでいると、日本の社会構造の一つの飽和点をまざまざと見たような気持ちになる。
 無論、29人全員が理想通りの悠々自適な暮らしを送れているわけではない。サラリーマン時代の年収と同等の収入を得ている人もいれば、一方で赤字続きで一家が離散してしまうという悲運を味わった人もいる。「いろんな人生があるのだなあ」と読み終えて静かに感動した。おそらく主には同じ熟年世代に向けて書かれた本なのだろうが、僕は30歳手前に本書に出会えてよかったと思った。
 

『三陸海岸大津波』 吉村昭 (文春文庫)

 青森・岩手・宮城にまたがる三陸海岸は、明治29年、昭和8年、昭和35年と三度大津波の被害を受けた。当時のデータや被災者の体験談などを吉村昭が取材し編集したドキュメンタリー本。津波から逃げる途中、ふと後ろを振り返ったら、2階建ての家屋の屋根の上にまで波が黒々とそそり立っており、その先端部は白い泡が歯列のように湧き立ち、まるで巨大な口が迫り来るようだった・・・なんていう生々しい証言の数々にひたすら恐怖する。
 子供の頃、海のすぐ近くに住んでいた僕は、リアルに津波が怖かった。「ああ、もし津波が来たら僕は死ぬんだ」と想像すると、海を眺めていても楽しいどころか無力感に襲われた。そのような体験からか、未だに映画の災害シーンなどは津波が一番怖い。
 度重なる被災体験から、三陸海岸に住む人々は長大な防波堤を建設し、綿密な避難訓練を繰り返し実施した。そのため、昭和43年の十勝沖地震による津波では死者を出さなかった。過酷な自然と寄り添いながら生きる人々の底力を知れる良本。


『プロ野球の一流たち』 二宮清純 (講談社現代新書)

 二宮清純の本は好きなのでわりとたくさん読んでいる。なかでも同じ講談社現代新書から出ている『スポーツ名勝負物語』と『スポーツを「視る」技術』はとてもおもしろかった。彼の文章はいつも理路整然としていて無駄がなく、それでいてスタジアムの熱気や選手の表情といった臨場感があるのだ。
 この『プロ野球の一流たち』はその名の通り、名選手・監督の技術や思考法を、本人や関係者へのインタビューを基に紹介したもの。例えば野村克也の「配球学」、東尾修による「松坂大輔論」、工藤公康による「バッテリー論」などなど。根性論や精神論などはもちろん誰も口にしない。新人選手でもわかる論理性と客観性を長い間の経験で磨き上げてきたからこその“一流”なのだろう。読んでいるとスポーツは科学なのだなあと唸る。
 本書は後半、日米野球の格差やプロ球団からアマ選手への利益供与(裏金)など、現在の野球界が抱える諸問題についても言及している。『プロ野球の一流たち』というタイトルではあるが、本書の読みどころはむしろこの後半部分なのではないか。さまざまな問題に対して著者が逐一提案するオリジナルのソリューションがおもしろい。ラストに収録された、日本にある2つの独立リーグ、四国・九州アイランドリーグと北信越BCリーグに関する話が感動的だった。

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