結晶のようなサウンドが鳴らす
悲しくも美しい現代ロックの名盤


 これぞロックだ!と教えてくれる、問答無用の名盤。日本のロックバンド、バースデイが2008年にリリースしたサードアルバム。

 バンドの中心はギター/ボーカルのチバユウスケ。言わずと知れた、あのミッシェル・ガン・エレファントのフロントマンだ。

 ミッシェルがデビューしたのは1996年。彼らはタイトスーツとロンドン・パンク直系のハードサウンドを武器に、ロックという言葉が「ビジュアル系」という意味に取って代わられていた暗黒の時代に巨大な風穴を開けた。

 僕は当時高校生だった。ちょっとセンスのいいバンド少年たちはみんなミッシェルをコピーしていたのを覚えている。そんな日本のロック史に名を刻むチバユウスケが、ミッシェル解散後3年の時を経て、2006年に結成したのがこのバースデイだ。

 まるで兵器のような破壊力をもつアルバムである。ギターとベースとドラム以外、何一つ余計なもののない研ぎ澄まされた音。そして、死んでしまうのではないか?というくらいに、狂おしく叫ぶチバのボーカル。「骨身を削る」という言葉は、まさに彼のために用意された表現だ。限界まで蒸留されたウィスキーの一滴のような、混じりけのない強さと濃さは、ミッシェルを軽く凌駕しているように思える。

 チバユウスケのパーソナリティが非常に強烈なので、どうしてもミッシェルと比較する文脈でこのバースデイを捉えてしまうのだが、言わずもがな、まるで違うバンドである。その違いを端的に言えば、ブルージーかどうかだ。ミッシェルは非常にソリッドな、乾いた音を鳴らしていたのに対して、バースデイはブルース・ロックにより深く根差しており、強靭さのなかにも濡れた叙情性を持ったサウンドが特徴だ。

 前述のチバの圧倒的なボーカルもさることながら、彼の詞における言葉遣いは、かつてよりもさらに磨きがかかったような気がする。英語を使わず、純粋日本語だけで歌詞を書くソングライターは数多いるが、その “なんでもない”日本語が、熱を帯びて“なにかある”言葉へと変貌させてしまう才能は驚異的だ。

 言葉を音に分解し、メロディと不可分のものとして再構築し固有のグルーヴを生み出す手法の代表が桑田佳佑や、以前本稿で紹介したミドリの後藤まりこだとしたら、言葉をあくまでセンテンスとして繋げつつも、意味の重なりをある種の虚無感や恍惚感へと飛び越えさせる手法の代表は、浅井健一やチバユウスケだろう。

 この『NIGHT ON FOOL』は全12曲。インストを挟んだりするような演出や装飾は一切なし。背後に広大な奥行きを予感させる、まさに幕開けに相応しい1曲目<あの娘のスーツケース>から始まり、平熱が微熱に、微熱が高熱に、じわじわと熱量は上がり続ける。メンバーが徐々に汗ばんでいくのがわかるようだ。

 ハイライトは11曲目、シングルカットもされた<涙がこぼれそう>。ギリギリまで上昇した高熱を涙に変えてしまう、悲しく美しい名曲である。


<涙がこぼれそう>PV

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