ついに始まった大作ドラマ
“青春”日本の姿に涙する

 最初の制作発表から実に6年。待ちに待ったドラマ『坂の上の雲』の放映がついに始まった。

 「待った甲斐があった」とはまさにこのこと。僕はもうテレビの前でずっと泣きっぱなしです。素晴らしい。まだたった2回しか放送されていないが、断言してしまおう。これは本当に素晴らしいドラマである。

 何がそれほど素晴らしいのか。脚本も俳優の演技も非の打ちどころがないし、渡辺謙のナレーションも味がある。美術の凝り具合などは、はっきり言って大河ドラマよりも数段上である。細かく挙げよと言われればキリがない。だが、そのような細部の一つひとつが個別に優れているというよりも、全てが組み合わさりトータルとして、ボリュームもスケールも桁外れなあの原作の映像化を成し遂げた、この一点に尽きる。

 「司馬作品の映像化など過去にいくらでも例があるじゃないか」と言われそうだが、このドラマは過去の映像化作品とは根本的に違う。ディティールをとことん突き詰めるだけでは、はたまたストーリーを丹念に追うだけでは、司馬作品は「司馬作品」にはならない。なぜなら、そこに司馬遼太郎の息遣いというものがないからだ。彼の持つ独特のユーモアや、決して主人公に感情移入しすぎないクールなタッチ、それでいて深く漂う人間(日本人)への愛情。司馬作品を「司馬作品」たらしめているのは、ストーリーやテーマといった作品の外郭以外の部分にこそある。その司馬の体温のようなものを映像に封じ込めなければ、“司馬作品を映像化した”とは言い難い。そして、そのような成功例は決して多くはないのである。

 もちろん、「原作と映像は別物」という考え方はある。だが、こと『坂の上の雲』という作品に関しては、その考え方は通用しない。それは、この作品が描いている時代に関係がある。

 以前『翔ぶが如く』について書いた時にも触れたが、司馬遼太郎の創作の原点には、太平洋戦争という忌まわしい体験がある。信長、竜馬、土方歳三。彼が主人公たちを皆、合理的精神の持ち主として描いているのは、思想の暴走が招いた太平洋戦争に対する反省があるからだ。

 『坂の上の雲』の主人公である秋山兄弟は軍人だ。ただし、昭和の軍人のような「思想中毒」ではなく、合理的な思考を旨とする、理性的な技術屋としての軍人である。明治日本が欧米列強の脅威から身を守るためにやらなければならなかったのは、一にも二にも技術と知識の習得であり、とにかく日本人全体が猛烈な勢いで勉強した結果、大国ロシアに勝ち、世界の強国から“ナメられない”地位をどうにかこうにか手に入れるのである。だが、「大国ロシアに勝ってしまった」、このことが軍部の増長を生み、ひいては太平洋戦争まで続く、合理性を欠いた「思想中毒」の遠因ともなった。

 『坂の上の雲』が難しいのはそこである。物語のクライマックスは日露戦争の勝利だが、後の歴史を見ればわかるように、それは決して手放しで喜ぶべきものではない。司馬遼太郎は明治時代を日本の「青春」と喩えたが、日露戦争はその「青春」の到達点であると同時に、近代日本が道を違えた第一歩として、ある反省とともに見つめなければならないのである。そのバランス感覚を間違えれば、戦争を礼賛する作品になってしまう。この『坂の上の雲』は、司馬遼太郎の目を、その感覚を通じてこそ初めて感動が味わえる作品なのだ。

 先週の第2回までは、まだ物語は穏やか。秋山真之、秋山好古、正岡子規の3人が、近代国家としての胎動期を迎えた日本のなかで、自分の進むべき道を探している。いよいよ今週日曜の第3回から、物語は日清戦争に突入する。青春の日本が最初に迎える大きな試練だ。

 僕は日本の近現代史が嫌いだ。なぜなら侵略の歴史だからだ。古代、中世、近世とワクワクしながら日本史を追ったところで、結末部分で気持ちはひっくり返る。日本という国が嫌いになってしまう。

 だが、『坂の上の雲』という作品は、ほんの少しだけ、日本人であることを誇りに思わせてくれる。司馬遼太郎は「この作品の主人公は日本人全員というべきであり、3人の青年は当時の日本人の一典型にすぎない」と語っていたという。僕は、物語に登場する人間が皆一様に使命感と希望とプライドを持って生きている姿に、涙してしまうのである。
 

NHK公式ホームページ

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