風格の違いを見せつける
先駆者RIPの最高傑作

 邦楽ヒップホップというのは僕はどうも苦手で、普段はまったくと言っていいほど聴かないのだけれど、ほぼ唯一の例外がこの5人組、リップスライム。なぜリップなのかといえば、それは彼らの音楽が1にも2にもポップに徹しているからである。

 リップスライムの果たした功績は、リズム感やノリの良さといったヒップホップの“陽”の部分と、このジャンルが本来持っていたマッチョでギャング的なある種の近寄りがたさという“陰”の部分とを切り離したところにある。彼らは徹頭徹尾ポップであることで、ヒップホップを一般的なリスナー層に普及させ、「ヒップホップ歌謡」ともいうべき、今日まで続く邦楽一大トレンドの礎を作りあげた。コアなヒップホップファンからすれば “軟弱”“軟派”に映るのだろうけれど、僕などには彼らのそういう能天気で気軽なところが親しみやすい。

 そんなリップの最高傑作が、2006年リリースの『EPOCH』。ヒップホップをポップに仕上げる感性はこの作品で頂点を極め、リリックや節回しのノリの良さ、自由度の高いサウンドプロダクションには円熟味すら感じさせる。間口の広さに加えて音楽的な奥行きが増し、彼らにしかできないオリジナルな世界がある。

 <Present><Wonderful>のようなシングルカットしなかったのが不思議なほどの佳曲、m-froのVERBAL参加の<パーリーピーポー>やスチャダラパーとのコラボ曲<レッツゴー7〜8匹>といった勢いのある“おバカチューン”、さらには<Hot Chocolate><ブロウ>などのシングル曲が加えられ、とにかく14曲全てに捨て曲がないのが素朴に素晴らしい。1曲1曲はバラバラなのに、バラバラであることが一つのコンセプトになって、通して聴くとなぜだかしっくりくるという不思議なアルバム。その不敵で緻密な構成力(あるいは図らずも成功してしまう運の良さ)にも、このグループの脂の乗り具合が表れている。

 彼らは次作『FUN FAIR』から、「ヒップホップ」という枠すらも飛び越えて、かなり実験的なことを始める。すでに第2、第3のリップスライムがシーンに登場した今、パイオニアとしての矜持を守るために敢えて大胆な方向転換を図る必要があったのかもしれない。未だ彼らの模索期は続いている。


 さて、本日からtheatre project BRIDGEは劇場入りです。4日間、準備とリハーサルを行い、いよいよ今週末21(土)から『七人のロッカー』が幕を開けます。

 旗揚げ公演以来ずっと劇中で使う音楽は僕が選んできました。作・演出は2回目の公演からなので、僕が劇団のなかで最も長く担当している仕事は選曲ということになります。

 昨年の『アイラビュー』では、今日紹介したリップスライムをメインに使いました。今公演『七人のロッカー』はタイトル通り「ロック」がキーワードですので、選曲もロックが中心になっています。

 ただし、『アイラビュー』がリップスライムの“陽”のイメージと芝居とを絡め、彼らをテーマ曲のように使用していたのに対して、今回は“音楽劇”と銘打ちながらも音楽そのものは一歩引いた立ち位置になるよう心がけました。今回のお話は、ボロアパートに住む7人の冴えない住人たちがなぜだかロックバンドを組んでしまう、という妙な物語。あくまで登場人物たちの会話とシーンの雰囲気が主役です。物語全編を通して、トータルでロック魂が伝わればいいな、と考えています。

 まもなく始まる『七人のロッカー』、どうぞご期待ください。メンバー一同、劇場でお待ちしております。

theatre project BRIDGE vol.11
『七人のロッカー』
11/21(土) 14時〜・19時〜
22(日) 14時〜・19時〜
23(月) 13時〜・17時〜
atアイピット目白(山手線目白駅徒歩7分)
前売 1,800円
当日 2,000円
theatre project BRIDGEホームページ
 

『アイラビュー』メインテーマの<ラヴぃ>。リップスライムとくるりのコラボ曲。

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今ここにある「生」と
すぐ隣にある「死」と

 福岡出身のバンドPeople In The Boxが先月リリースしたばかりのミニアルバム。全7曲とボリュームは少ないが、この作品はとても聴き応えがある。

 バンドのメンバーは波多野裕文(ボーカル/ギター)、福井健太(ベース)、山口大吾(ドラム)の3人。編成はごくありふれた3ピースバンドだが、彼らの鳴らす音と世界観はかなり特徴的で、不意に耳にしてもすぐに「People In The Boxだ」とわかるのではないだろうか。

 まず、変拍子が異様に多い。リズムというものが一つどころに落ち着かず、3/4→4/4→5/4というように絶えず変化を求めて彷徨っている。コピーしようと思ったら、さぞかし煩瑣な譜面を相手にしなければならないだろう。リスナーはフラフラとおぼつかない足取りを強いられながら聴き進めていくわけだが、しかしそのような不安と緊張が、なぜか次第に心地よくなる。一見支離滅裂なリズム構成だが、その実聴く者の生理にピタリとハマるように計算されていて、病みつきになってしまうのだ。

 変拍子の多用はソングライター波多野の詞の世界を描くうえでも、必要不可欠なファクターである。彼の書く詞はバラバラのセンテンスをコラージュ的にくっつけた非常にイメージ主義的なもの。1曲のなかで物語が完結する類のものではなく、リスナーは言葉の断片を拾い集めながら、自身のイメージで隙間を埋めていかなくてはならない。僕はどことなく草野マサムネの詞に似ているように思った。もっとも、技法は似ていても世界観はまるで違う。

 波多野の詞を特徴づけるのは薄っすらと、しかし一貫して漂う「死」の匂いである。バラバラに継ぎ接ぎされた言葉の群れがある一定以上に拡散していかないのは、「死」というテーマが重心となっているからだ。

 彼の描く死は何かのメタファーというわけではなく、「死」そのもの。日常のなかにありふれた、すぐ隣に存在するものとして死を描いている。明日自分の身に死が訪れてても不思議はないし、一度死に捉まれば人間の命はあっけなく終わる。彼の描く死は実に淡白で軽い。

 そして、「死」をファインダーの中心に据えることで、今度は「生」が逆照射されてくる。ただし、「死」が軽いということは、背中合わせの「生」もまた軽く、おぼろげで儚いことを意味している。そのような根本的不安感漂う歌詞と、変則的なリズム構成との組み合わせは見事にマッチしていて、表現技法の選択として必然的である。膨張と収縮を繰り返すリズムは危うい緊張感を煽ると同時に、か弱い「生」の胎動にも感じられて、グッとくるのだ。

 本作に収録された7曲には、タイトルにそれぞれ曜日が冠されていて、1曲目から順番に月曜日、火曜日、となってラストが日曜日になる。7曲トータルで聴いて、初めてイメージが湧きあがるというコンセプチュアルなアルバムだ。ただし、曲がわかりやすくひとつづきになっているわけではない。波多野の詞同様に、曲と曲もまたコラージュのようにバラバラに配置され、その見えるか見えないかのつながりをリスナーが想像していかなくてはならない。「行間を読む」ならぬ「曲間を読む」とでも言うべきか、この『Ghost Apple』という作品の実体は言葉と言葉の間、曲と曲の間、至るところに設けられたスカスカの空間の中にこそあるのかもしれない。

 People In The Boxにとっては本作がメジャー・デビュー作品。にもかかわらず、こんなに挑戦的で好き勝手やっているようなアルバムを作ってしまう姿勢は素敵だ。
 

アルバム1曲目<月曜日/無菌室>。この曲だけは変拍子が出てこないので、本文で触れたニュアンスが伝わりづらいのですが、生憎この曲しかPVがありませんでした。それにしてもメジャー作品とは思えないダークな映像!

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