事実は小説より、病んでいる

 読んでいて「これはよくできたミステリー小説なのではないか」と何度も思った。しかし、事実だという。アメリカのある家族に起きた凄惨な悲劇。暴力や貧困、宗教対立といった、この国の“裏”の遺伝子が、100年以上の時を経て一つの家族―ギルモア一家に受け継がれたとき、全米を震撼させる事件を生んだ―。

 まるで映画の二流コピーのようだが、この本を読んでの感想を語るとするならば、決して誇張ではない。事実は小説より奇なり、というが、本書に書かれた「事実」は、もっとずっと禍々しい。事実は小説より、病んでいる。

 1976年、ユタ州プロヴォで2件の殺人事件が起きた。犯人はゲイリー・ギルモア。当時35歳。わずかな金欲しさの、衝動的で行きずりの殺人だった。目撃者もあり、ゲイリーはすぐに逮捕され、裁判所で死刑の判決が下る。

 この事件が世間の耳目を集めるのはここからである。当時アメリカでは死刑廃止論が高まっており、10年近く死刑の執行は停止していた。ゲイリーに下された死刑も、実際には終身刑を意味していた。しかし当のゲイリー本人は裁判所に対して、判決通り死刑の執行を要求したのである。それも、絞首刑ではなく銃殺刑を(ユタ州は宗教的な背景から全米で唯一銃殺刑が認められている)。

 弁護士や家族は何度も執行の見送りや再審理を求めるが、ゲイリーは耳を貸さず、頑なに死刑を望んだ。このニュースはマスコミによって大々的に報道され、ゲイリーは「TIME」紙の表紙を飾るほどの時の人となる。世間を煙に巻き、人権団体を嘲笑い、家族を混乱に陥れ、結局翌77年に彼は望み通り銃殺刑によって処刑された。

 彼を破滅的な行動に駆り立てたものは一体何だったのか。どんな環境が、どんな教育が、どんな出会いと出来事が、彼を作り上げたのか。その背景を彼の人生だけでなく、彼の父母、祖父母、さらにその先の祖先にまで遡って抽出しようと試みたのが本書『心臓を貫かれて(原題“Shot In The Heart”)』である。著者はマイケル・ギルモア。ゲイリーの実の弟である。

 この本を読むと、ゲイリー・ギルモアという人物が生まれたのは、偶然などではなく、必然だったのではないかという気がしてくる。父親の度を越した暴力があり、だがその父にも親との間にシリアスな確執があり、一方の母親も、教育と風土によって捻じ曲げられた過去がある。何代も前から植え付けられていた呪いの種が、ゲイリーとその家族の身を苗床にして、一気に、そして宿命的に発芽してしまったのだ。「トラウマのクロニクル」という表現を本書コピーは使っているが、言い得て妙である。

 ただし本書は、「ゲイリーは歴史の犠牲者である」というような安易な立場を取るものではない。「どこで、何を間違ったのか」という、当事者としての切実な疑問を突き詰めていくうちに、一家の歴史を遡ってしまった、というような印象だ。「あの時ああしていれば」という悔恨がいくつもあり、だがそうした後にはすぐに「しかしあの時一体誰があの状況を救うことができたのか」という諦めが滲む。悔いと諦めの間で、何度も感情の振り子は行き来を繰り返す。本書が出版されたのは1994年。事件から20年近く経っているにもかかわらず、弟マイケルの心の中には未消化の思いが燻り続けている。

 はっきり言って本書には救いがない。「ない」と言い切ってしまうとアレだが、少なくとも読み終えた時に気分が高揚したりハッピーになったりはしない。だが、この本は何がしかの重要なメッセージをこちらに訴えかけてくる。そのメッセージはもしかしたら、著者の意図や意思とは無関係のものかもしれない。僕も含め一般的な読者と著者の背負っているものとの間には、当然のことながら安易な感情移入や同情を差し挟めないぶ厚い壁がある。だが、本書の持つ重みや迫力は、国や環境や時代を超えて、こちらの内側を揺さぶってくる。本書に書かれた「事実」を、僕らは著者とはまた違った距離感と角度から自分のものにすることで、人間や人生に関する大事なものを学び取れるのだ。是非、一読を。

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