The Beach Boys 『Pet Sounds』
ゾッとするほど美しい
悲しくなるほど美しい
悲しくなるほど美しい
音楽紙のバックナンバーをパラパラとめくっていると、「ロックの名盤ランキング」的な企画を目にすることがある。どんなアルバムがランクインしているのだろうと見てみれば、やはりビートルズの作品群が上位を独占していたり、ストーンズやジミヘン、ボブ・ディランなどのレジェンドが名を連ねていたり、80年代以降の作品では『スリラー』や『NEVER MIND』がトップ10に食い込んでいたりしていて、雑誌によって若干の差こそあれ、上位を占めているのは錚々たる顔ぶれである。これまでそういったランキングを眺めては、この中のうち自分のCD棚には何枚あるだろうと数えて密かにほくそ笑んだり、その結果あまりにカブっていて自分のミーハー具合にヘコんだりしてきた。
しかし、そんな名作群のなかにビーチ・ボーイズの名前を見つけた時はずい分と首をひねってしまった。彼らが66年に発表した作品『ペット・サウンズ』。このアルバムはランキングの常連であるどころか、各紙で軒並みトップ3以内に食い込んでいて、僕の首のひねりはますます急角度になった。
ビーチ・ボーイズのオリジナルメンバーは、ブライアン、カール、デニスのウィルソン3兄弟に、マイク・ラブとアル・ジャーディンの5人。メンバー全員参加の卓越したコーラスワークと明るくポップなメロディ、そして<サーフィンU.S.A.>に代表される、「海」「太陽」「女の子」といった底抜けに明るいキーワードを綴った歌で人気を獲得した。60年代前半から中盤、アメリカのバンド達はビートルズやストーンズはじめとするブリティッシュ勢力に押され気味だったが、そんな中で唯一英国勢に対抗できる人気を誇っていたのがビーチ・ボーイズだった。
だが如何せん彼らは同世代のグループと比べると、ロックバンドというよりも大衆的なアイドルグループというべき立ち位置であり、多分に享楽的なイメージが強すぎて、そんな波乗りの片手間にギターを弾いているような輩に「ロックの名盤」という称号を与えるなどどうかしている!というのが、僕の正直な気持ちだったわけである。
・・・実際にこの『ペット・サウンズ』を聴き、その世界に触れた今となっては、単なるイメージだけで斜に構えていた自分がとても恥ずかしい。前置きがずい分と長くなってしまったが、この作品、今では是非とも人に薦めたい一枚なのである。
全13曲、計37分、ここに詰まっている世界はとにかく美しい。ポップミュージックがこれほどまでに圧倒的な美しさを描けるのかという一つの頂点と言えるのではないか。
だが、この「美しさ」の質が問題である。『ペット・サウンズ』が持つ美しさ、それは自然の風景のような温かな美しさではなく、たとえば研ぎ澄まされた刃のような冷たい美しさである。純然たる白が愛よりもむしろ狂気をイメージさせるように、このアルバムの美しさには人の心の中にある深い暗部を覗き込ませるような緊張感がある。磨き抜かれたメロディライン、高純度のハーモニー、そのどれもが涙が出そうになるほど優しく、背筋が凍るほどにゾッとするのだ。
このアルバムの制作にもっともエネルギーを注いだのはリーダーのブライアン・ウィルソンである。というよりもほとんど彼のソロ作というに近い。当時ビーチ・ボーイズはツアー班とスタジオ班とに完全な分業体制を布いていて、ツアーにはブライアン以外の4人が回り、『ペット・サウンズ』はブライアンと彼の選んだスタジオミュージシャンだけでほとんど作られているのだ。彼はこのアルバムで、ビーチ・ボーイズをそれまでのアイドル的な路線から、成熟した音楽的グループへとジャンプアップさせたかったようだ。
その意志がもっとも顕著に現れているのは歌詞で、それまでのような陽気なキーワードはまったく使われず、代わりに心の中の呟きを延々と綴ったような、よく言えば内省的、悪く言えば陰気なものである。また楽器にしてもホーンやハープシコード、テルミンなどにまで手を広げて、かなり実験的なことをやっている。
これは有名なエピソードだが、ブライアンはビートルズの『ラバー・ソウル』を聴いて『ペット・サウンズ』を作り、そしてポール・マッカートニーはこの『ペット・サウンズ』を聴いて『サージェント・ペッパー〜』を着想したそうである。英米を代表するグループがほぼ同時期にアイドルからの転機作を制作し、しかもそれを相互に影響し合って作っていたことは非常におもしろい。
だが、ビートルズが見事に次なるステージへと進んでいったのに対し、ビーチ・ボーイズはその後苦しい時期に突入する。それまでのイメージを覆した『ペット・サウンズ』にリスナーは衝撃を受け、困惑をする。ブライアンは早々に次作『スマイル』の制作に着手するが、その制作中にビートルズの『ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー』を聴いてショックを受け、『スマイル』の作業を中止することを決める。そのショックと挫折から彼は立ち直れずに精神を病み、長い間アルコールとドラッグに苦しみ続けることになるのである。
一人の人間が青春の終わりに直面したとき、その人がピュアであればあるほど、そこに生じる悲しみは深く、苦しみは大きい。そしてだからこそそこから発せられる祈りはどこまでも澄み渡り、時にはそれが狂気にも映るのである。『ペット・サウンズ』の美しさとは、きっとそういうことなのだと思う。
アルバム7曲目<Sloop John B>のPV
※次回更新は9月14日(月)予定です
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