The Beatles 『PLEASE PLEASE ME』
“ロック”を呼び覚ました
「1,2,3,ファッ!」
「1,2,3,ファッ!」
1963年3月発表のビートルズのデビュー・アルバム。すでに4人は前年に<LOVE ME DO>と<PLEASE PLEASE ME>という2枚のシングルをリリースしていて、そのヒットを受けて本作が制作された。
収録されたのは全部で14曲。このうち、シングル2曲とそれぞれのB面(<P.S. I LOVE YOU>と<ASK ME WHY>)の2曲を除いた10曲を、ビートルズはなんとたった1日でレコーディングした。しかも全てほぼ一発録り。楽器ごとに分けるのではなく、全員で一斉に演奏して録音したのである。要はスタジオでライヴをやっていた感覚に近い。しかも1日中。
無茶と言えば無茶だろう。高校生バンドでさえこんなハードなことはしない。だが、このアルバムの魅力はそんな無茶さである。曲の尺がどれも短いということもあるが、全体の凝縮感と疾走感、多少の“崩れ”も気にしない荒々しさは、以降のアルバムでは味わえないものだ。確かに後期のアルバムの方が演奏も楽曲も質が高いのは事実だが、このアルバムに込められた“若さ”は捨てがたい。円熟味は年を経るごとに増すものだが、輝くような若さは一度失えば永遠に取り戻すことはできないからだ。
このデビュー・アルバムはそんな、一瞬にしかない4人の煌きを、一発録りという手法により冷凍保存したアルバムなのだ。なので、このアルバムの響きは時に儚い。
ローリング・ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズは、レコード・デビューを果たした時(63年6月)に気分が落ち込んだという。当時のポップ・ミュージック界では、どのアーティストも人気は長くもって3年だと言われていた。音楽が単なる退屈しのぎ、飽きたらすぐに代替できる消費財としてしか認識されていなかった当時は、ある意味では現代以上に流行の新陳代謝が激しかった。本来は泣いて喜ぶべきレコード・デビューも、キースにとっては“カウントダウンが始まった瞬間”にしか思えなかったのだ。
ビートルズも同じだっただろう。確かに人気の過熱ぶりはすさまじかったが、当の4人は「この人気がいつまで続くと思いますか?」というインタビューに対して、「さあね。そんなに長くは続かないと思ってるよ」と実にシニカルに答えている。
だが、そうはならなかった。彼らの人気は衰えるどころかアメリカをはじめ世界中に飛び火する。62年以前のアーティスト達が極端に劣っていたわけではないと思う。ただ、ビートルズが全ての面で新しく、完璧すぎたのだ。人気と質、そして何より“それ以前にはなかった”という革新性が高い次元で融合し、やがて彼らの音楽はポップ・ミュージックのあり方そのものを変えてしまうことになる。一つのファッションに過ぎなかったポップスが、リスナーの人生に深く根を下ろし、心の内に絶えず息づくものへと進化したのだ。“ロック”の誕生である。
theatre project BRIDGE『七人のロッカー』が終わってから、2週間が経とうとしています。観に来ていただいたみなさま、本当にありがとうございました。
台本に着手した当初は、純粋な音楽としてのロックを真正面から描こうと考えていましたが、あれこれ考えていくうちに目論見は変わり、ご覧いただいたような「ロックと出会った人たち」が主人公の物語になりました。
ロック。ビートルズがデビューしてから半世紀が経とうとする今日であっても、未だにロックというと攻撃的で反抗的な、激しい音楽であるように一般的には思われがちです。
しかし、それはロックの持つほんの一側面に過ぎません。ワイワイ楽しいロックもあるし、グッときて涙の出るロックもある。興奮して身も心も火照るようなロックもあるし、逆にその火照りを醒ます静謐なロックもある。ロックにはありとあらゆる感情が詰まっています。僕はロックを聴くたびに感情が揺り動かされ、勇気が湧きました。
大袈裟に言えば、それは生きていくことへの勇気です。この先、人生に何が起きるかわからないけれど、それでも生きていれば素敵なことがあるんじゃないか。ロックには、そう信じさせてくれるだけの何かがあるような気がします。僕はずっと、ロックに夢を見てきました。
『七人のロッカー』はこれでおしまいです。でも、僕らの毎日は何事もなかったかのように続いています。僕はこれからもロックを聴き続けるでしょう。物語に終わりはあっても、ロックに終わりはありません。
次回公演のタイトルは『バースデー』。今回の『七人のロッカー』よりもさらに“ロック”な作品を作ろうと思います。一年後になりますが、どうぞお楽しみに。
『PLEASE PLEASE ME』の1曲目<I SAW HER STANDING THERE>
出だしのポールのカウント「1,2,3,ファッ!」は、単にこの曲の幕開けを飾っているだけではなく、“ロック”そのものの始まりを高らかに宣言するもの。『七人のロッカー』では、カーテンコール後の1曲目に使用しました。
※次回からは元通り、毎週月曜・木曜更新に戻ります
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