振り向かずにはいられない
不思議な「いい声」

 ウォン・カーウァイ監督の映画『マイ・ブルーベリー・ナイツ』を観たときに、ある挿入歌が気になった。その曲は予告編でも印象的に使われていて、僕はてっきり主演のノラ・ジョーンズの曲だとばかり思っていたのだが、調べてみたらキャット・パワーというアーティストの<THE GREATEST>という曲だった。

 女性シンガー・ソングライター、ショーン・マーシャルのソロ名義、それがキャット・パワー。米アトランタ生まれの人で、90年代初めからニューヨークで活動を始めた。デビューは1995年だから、すでに中堅どころのアーティストである。初期にはソニック・ユースのレーベルからアルバムを出すなど、オルタナ・ミュージック界では早々から知られた存在だったらしい。

 僕が気になった歌<THE GREATEST>をタイトルに冠したこのアルバムは、2006年リリースの、キャット・パワー通算7枚目のアルバムにあたる。「GREATEST」と付いているが、ベスト盤ではなくオリジナル・アルバムである。

 内容は、素朴なアコースティックテイストのもので、カントリーやフォーク、ソウルが混ざり合い、とても聴き心地が良い。なかでもソウルの比重が大きいところが特徴。どの曲も淡いセピア色をしていて、そのシュールなアーティストネームからすると、ちょっと意外な印象を受ける。

 一方、歌の中身はというと、セピア色どころか限りなく黒に近い灰色である。「私は空っぽの殻だけになってしまった」「あなたが恋しい」と、去っていった恋人への想いを切々と綴った挙句、「あなたなんか要らない」「もう欲しくない」と未練を怒りに変えて締めくくる<Empty Shell>や、「自分のことが大嫌い。もう死んでしまいたい」と、ミもフタもない<Hate>など、激情が出口を求めてのた打ち回っている。ラストに救いの予感が訪れる歌もあるが、基本的にはどの歌詞にも深い喪失感が漂っていて、サウンドのライトなノリとは似ても似つかない。このギャップもまた聴きどころといえるかもしれない。

 だが、キャット・パワーことショーン・マーシャルというアーティストの魅力を一言で語るなら、それは彼女の声ということになるだろう。『マイ・ブルーベリー・ナイツ』を観て気になったのも、その独特の声が耳に引っかかったからだ。

 喉の奥でくぐもったように彼女の歌声はひどくか細い。なのに聴く者の心を瞬時に貫く強さがある。彼女の歌を聴くのが仮に街の雑踏のなかだとしても、瞬く間に自分ひとりだけの世界が切り取られてしまうようだ。孤独の底にあるような歌詞も、彼女が歌えばそれは透明な祈りへと変わる。痛みのなかにも優しさがあり、孤独感のなかにも奇妙な安心感がある。

 歌詞や楽器の音色よりも雄弁に語り、なおかつ説得力を持つ声。それを単に「いい声」と表現してしまってはあまりに雑な気がするが、ここには、そんな名状しがたい天性の魅力的な声がある。


<THE GREATEST>。映画の映像とともに。

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